武漢の土産-洪山菜苔

    2013-06-03

  赤菜苔と武漢魚は楚天(湖北省の俗称)の二大名物料理だと言われている。封建時代には献上品とされていた。清代の人は竹枝詞の中で「夜食に甘酒と湯団子が一番、平魚が肥えて菜苔が芳しい」と讃えている。冬と春に、赤菜苔とベーコン(またはソーセージ)の炒め物は、武漢人の食卓の珍味で、客を招待する時によく出す料理だ。

  湖北省武漢市の洪山菜苔は俗に赤菜苔か芸菜苔ともいう。紫がかった赤色の菜苔に黄金色の花、武漢地方の特産品である。史籍によると、唐の時代に赤菜苔は有名な野菜であって、献上品として湖北地方から皇帝様へ送ってきていた。「金殿玉菜」と封じられ、武昌魚と肩を並んでいる。その野菜は栄養たっぷりで、カルシウム、燐、鉄、カロチン、ビタミンCなどの成分を含み、特にビタミンCの量は白菜とチンゲン菜よりも多い。また色合いが鮮やかで、さくさくして食感が良い。最も品質の良い赤菜苔は洪山にしかなく、他のところに移植すれば色合いだけではなく味も変わるのだ。光緒初年、安徽省合肥市の李瀚章が湖広総督に就任し、彼は赤菜苔が大好きで、故郷に種を持ち帰って植えてみたが失敗したため、赤菜苔の名産地洪山の土を船に載せ合肥市まで運んだ。すると湖北省の人に湖北の地の皮を掘ったと笑われていた。

  伝えるところによると、武昌市洪山に宝通寺の鐘声が聞こえる範囲以内で生育されている赤菜苔は最も品質がよく、この範囲以外になると、色が褪せたり、味がまずくなる。人々がより多くの季節に新鮮で美味しい赤菜苔を食べられるように、武漢市郊外の農家と華中農業大学の専門教と連携して赤菜苔を研究し、新品種を栽培してみた。そして、赤菜苔の固有の特徴を失わずに面積を拡大させることに成功した。聞くところによると、現在赤菜苔は海を隔てる日本にまで進出した。宝通寺の鐘声に翼が生えたと皆が言っている。