武漢の民俗-武漢味の民俗文化が名を轟かせている

    2013-06-07

  吹奏楽器が勢ぞろい、「四大天王」が一番の人気者

  吉慶街における各種の音楽パフォーマンスは少し俗っぽくて、「民俗」とは呼べないと思っている人もいるが、この武漢の味たっぷりのパフォーマンスのおかげで、吉慶街は取り締まられる運命から逃れ、武漢の夜市の中の抜群的な存在になり、全市で唯一路上で営業できる夜市と認められた。

  バイオリンを弾きながら物乞いと同様な行為を行う女の子をはじめ、吉慶街では現在300名以上の民間芸人が活躍している。それらの芸人がいてからこそ、吉慶街は酒飲みや納涼の場所として、一層客を魅了するようになった。

  さまざまな身分の食客のために、民間芸人たちは音楽演奏とパフォーマンスをしてその場の雰囲気を盛り上げる。食客の騒ぎ声に絶え間なく響いている歌声と楽器の音が混じられ、狭くにぎやかな街が、濃厚な下町の雰囲気に満ちている。まるで非現実的な舞台のようだ。小箱を背負ってタバコを売りまわっている人や花を売る人が街の中を行き来している。食客は一瞬我を忘れてしまうほど魅了されている。

  吉慶街における民間芸人はその人気が街と同じ増え続けている。武漢市民はこの300名以上の芸人の中から、「四大天王」を選び出し、それぞれ「老通城」「麻雀」「キュウリ」「瀟洒」というあだ名を付けて呼んでいる。四大天王のトップに立つ「麻雀」の成長から、街の変遷が見られる。

  「麻雀」は本名張徳生で、今年51歳である。9年前、彼は各地で流浪している安徽省からの農民芸人に過ぎなかった。胡弓を弾きながら歌うことを生きる武器として、半分以上の中国を駆け回った。その後、吉慶街という「楽土」に辿り着いた。胡弓を弾いて物乞いをしているなか、彼は自分の才能に気づくようになった。彼の胡弓を聞いて感銘を受けた客もいる。それがきっかけで、彼は客を喜ばせる方法を考え始めたのだ。

  彼は「愛情鳥」という歌を「愛情麻雀」に編曲して、一気に吉慶街から人気を集めた。また、「麻雀」というあだ名もつけられ、「四大天王」のうちの一人となった。池莉(武漢出身の著名作家)は『生活ショー』という本でこのように記している。「麻雀は騒がしい男だ。歌なら、きっと専門的な訓練を受けていないが、騒がしさは一人前だ。客を感動させたり、とぼけたりして、頭をゆらゆらと揺り動かしたりしてなりふり構わずだ。また、客の身分に応じて、即席で歌詞を変えたりする。あたかも全ての流行歌は客のために書かれたもののようだ。このように機嫌を取られている食客は、皆大いに喜んでいる。

  池莉氏の小説がテレビ化されることにより、「麻雀」もテレビに出た。彼の人気は一層爆発した。遠くから彼の歌を聞きたがる客はたくさんいる。彼に会いたがる人がたくさんいるため、今では容易に彼には会えないものだ。

  吉慶街の音楽演奏はすでに武漢の夜景の一つになってきた。芸人たちは皆「夜型人間」で、一般的に夜6時半から翌朝の4時ぐらいまで働く。彼らの存在のため、吉慶街は不夜城になった。他のところはすでにともしびが消えかかろうとしているのに、ここは依然として昼間のように明るく、音楽の演奏に満ちている。

  湖北省各地及び湖北省以外のところから、自ら駆けつけた芸人はここを舞台として、楽器を吹いたり歌を歌ったりする。彼らの中では、金稼ぎのためにやっている人がいれば、自分の才能をアピールするためにやっている人もいる。

  吉慶街の芸人は、正に吉慶街の魅力の中での一番神秘的な存在である。